今日27
昨日41
トータル110778

第3回講演会

男女共同参画とメディア報道

桜井 裕子
(時) 平成18年1月27日
(所) 愛媛大学
(主催)健全な男女共同参画社会をめざす会


 皆さま、こんばんは。お忙しいところ、またお寒い中、このように多くの皆さまにお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。心より感謝申し上げます。
 
昨年の『正論』
11月号・12月号で、いま学校現場で展開されている目を覆いたくなるような教育現場の荒廃につきまして紹介いたしました。しかし、その背景が一体なんなのか。皆様にとって、お子さんないしはお孫さんの年齢の子供たちがそのような目にあっているわけですが、その背景は何だろうか。まずそこから説明させていただきたいと思います。
 
お渡ししましたレジュメをご覧下さい。
 
彼らの主張は「男女共同参画」=「ジェンダーフリー」ですが、それには三本柱がありまして、最初にあげられるのが「権利の濫用」です。
 
彼らは、「性の自己決定権」を唱えています。これは、「セックスする・しない」「子供を産む・産まない」「中絶する・しない」は、すべて自分(女性)が決めるというのです。彼らは、中絶は女性の基本的人権だというのです。私は「中絶は合法的殺人だ」と思っておりますので、これが女性の基本的人権と声高に主張すべきことか疑問を覚えますけれども、彼らはそう主張しているわけです。
 
また彼らは、学校現場で低学年から過激な性教育をしています。学校で性教育をするということは、結果的に、そうした授業を受けた子供たちは、セックスしてもいいんだよということになります。ですからその結果、日本の特に女子に性病が蔓延しております。
 
十九歳の女性で梅毒が十三人に
1人といわれております。本当か、と思うほどの数字です。また二十代女性の子宮頸がんは世界平均の四倍でございます。十代の中絶は世界でトップ水準でございまして、年間四万人を超えております。
 
参考資料の二番目に高校生の性体験率がありますが、東京都の調査では高校三年生の女性が四五・六%となっております。これも目を疑う数字でございますが、実際こういう数値になっております。
 
ジェンダーフリー推進派は、「権利の濫用」で「自己決定」の名の下にセックスをして、結果責任は自分で取れと言いますから、結局それが性病や中絶という形で数字として出て来ざるを得ないという状況でございます。
 
そして彼らの主張の二番目は「個の開放」です。
 
個の開放ということで、家制度・秩序・一夫一婦制の否定を彼らは唱えております。性の解放(フリーセックス・快楽の性)を追及することが性的自立だというのです。
 
人間の自立としての最高位の形態が、「いつでも、どこでも、誰とでも」セックスをするということでございますので、これは結果的に援助交際を容認することになります。そして良いセックスというのが、①強姦でない②性病にかからない③望まない妊娠をしないことだというのです。人間の内面や倫理には一切、触れずに、彼らはフリーセックスが「最高位の自立」だというふうに唱えるのでございます。
 
三番目に、「性差別の解消」を「性差の解消」にすり替える。性によって差別をすることはよくないことです。しかし、「性差別」と、男女の生まれながらの違いである「性差」とはまったく別のことです。
 
そして、「性別役割分担」を否定します。また男女を、マルクス主義的対立構造でとらえて、男は支配者で女は被支配者だから、男女の違い、つまり区別を認めていてはいつまでたっても女は幸せにはなれないというのです。
 
そしてDV(ドメスティック・バイオレンス)の考え方も今や女性センターなどでは花盛りです。DVの一番の問題は、男性が常に加害者、女性が常に被害者、という立場で捉える点にあります。
 
DVは別に暴力だけをいうのではありません。たとえば言葉の暴力・無視・料理をしないということも含まれるのですが、そうするとDVの加害者が男性で被害者が女性とは限らないわけです。無視ということでは、夜、夫が帰ってきたときに、妻がフーンと横を向いてテレビを見たきり料理を出さないのも該当するはずですが、女性は加害者としては扱わないことですから、一方的に男性だけが加害者と取り上げるのがDVにおける彼らの捉え方です。

 
彼らは「性差の解消」ですから、男らしさ・女らしさを否定します。その否定のシンボルは学校においては男女混合名簿です。この発祥の地は東京の国立市でして、ここが発信源となって日本全体に広がっております。男女混合名簿をしているかどうかが、その学校でのジェンダーフリーの浸透度を計るひとつの指標となっています。
 
彼らは「性別役割分担」の象徴として専業主婦を敵視しています。専業主婦を「家畜」と蔑視し、番組のCMでもそうした描写を目の敵にしています。
 
メディア・リテラシーと点からみますと、たとえば、アリナミンVのCMがございます。これが段々変化していきます。去年ぐらいは、プロゴルファーの丸山茂樹が主人の役で、最初は奥さんが可愛い白いエプロンを着て「行ってらっしゃーい」と見送っていたのです。そして、丸ちゃんが背中にジェット噴射機を背負って、グーと飛んで行く設定でした。
 
しかし、これは性別役割分担そのものであり、女性が専業主婦という立場で見送っているわけですから、とんでもないということだったのでしょう。そのうちに、CMは夫婦二人が一緒に朝、飛び立つ設定に変化します。
 
おそらくこれは、日教組婦人部などが、「目の仇」にして会社などにファックス攻撃をかけているようです。洗剤のCMでも、女性がキッチンでお皿を洗ったり、洗濯機で洗濯するのは、性別役割分担でとんでもない、ということで、最近は洗剤のCMにも、ごっつい男性が洗濯をしている設定になっておりますけれども、そういうチェックもしっかり入っております。
 
事程左様に社会にきっちり浸透してきたジェンダーフリーでございますけれども、その背景に何があるかといえば、『正論』
12月号で触れましたけれども、内閣府・男女共同参画局(猪口邦子大臣・名取はにわ局長)が所掌している年間予算は十兆円でございます。十兆円といいますと、防衛費五兆円の倍額でございます。防衛費の倍額で男女共同参画・ジェンダーフリー教育をやって、男の子・女の子、子供たちを害している。こういうことが許されていいのでしょうか。愕然とするような実態でございます。
 
そして厚生省が高校生に配布した『ラブ&ボディBOOK』は百三十万部作成されました。そのなかには、ピルやコンドームの使い方や注意など具体的に書いてあります。
 
これはピルの会社が資金援助で作成したものです。業界と官公庁が結託して、そうした冊子を作成し、子供たちに配布して淪落を勧めているわけです。
 
もう一つ、性教育推進の大きな組織としては、北村邦夫と村瀬幸浩が推進してきた性教協がございます。これは全国の教員を組織しまして、保健の先生を集めて学習会などをしながら、「もっと性教育を積極的に推進するにはどうしたらいいか」と研究しております。
 
私はこの問題の取材を始めましたときに、元々臨教審の頃から文教問題をやっておりましたので、「基本的に教師というのは教育的配慮があってしかるべきではないか」「なぜ、こんなことをするのか」と現場のベテラン教師に質問いたしました。
 
そうしましたら、「それは桜井さん、現場を知らなさ過ぎる」「熱心な先生、一生懸命で、やる気のある先生ほどこういうことをやるんだ」「善悪は考えない」「教育的配慮などはない」というふうに言われまして、またそこで私は愕然としたわけです。熱心な先生ほど思春期研究会などに入りまして、子供たちを扇動しているというのが現状でございます。
 
そして市町村では苦情処理委員会があります。「こういうことは、男女共同参画に反するのではないか」ということで苦情が寄せられますと、「そういうことをしてはならない」と叱るのが苦情処理委員会です。男女共同参画推進条例に付随してかならず市町村の男女共同参画推進などに設けられています。


 
思想的背景としましては、元々はシャルル・フーリエという空想的社会主義者が、この人は実際にジェンダーフリー社会・男女共同参画社会をやっております。
 
家族単位の小農経営が生産力を阻害して個人の自由を妨げると主張し、家族制度を廃止して男女千六百二十人のファランステールという農業共同社会を作りまして、家族を解体して、実際に実験をしております。
 
これをマルクス、エンゲルスが受け継いで、レーニンがやはりロシア革命のときにフリーセックスの奨励をしております。その結果どうなったかといいますと、堕胎や離婚が激増しまして、一方で出生率が激減します。そしてフリーセックスをしますので子供は産まれるわけで、五百万人の私生児がこのときに産まれまして、非常にロシア社会に大混乱をもたらします。
 
そういう大変な状況の中でスターリンが、女性の母性を尊重しまして、家庭重視で収拾します。結局、一九三六年のいわゆるスターリン憲法で、家族を国家の単位として位置づけて社会を建て直して混乱が収拾されるわけです。
 
その後、クリスティーヌ・デルフィ、ジョン・マネー、W.ライヒ(ドイツ共産党左派が日本に影響を与えます。ライヒの『セクシャル・レボリューション』(性と文化の革命)が、フェミニストの間でバイブル的書物になりまして、それを抱えて歩くことが流行します。ちょうど、上野千鶴子氏の世代です。
 
さらにヘルベルト・マルクーゼが、「すでに確立した体制内に身を置いて働きかけよ」という体制内革命を呼びかけます。実は、これがそっくりそのまま彼らの手法になっております。いま上野千鶴子氏は東大大学院教授、大沢真理氏も東大教授ですが、大沢氏は男女共同参画審議会に入って、男女共同参画基本法をほとんど一人で書いていて、体制内フェミニストと言われております。彼らは体制内に入り込んで、上からの革命を着々と進行してきたのです。
 
私は、『新・国民の油断』のまとめを担当いたしましたが、この本が上梓されたとき、西尾幹二先生がしみじみ「気がつけば、反体制」とおっしゃいました。私どもは国のためと思って言論を展開してまいりましたが、内閣府には男女共同参画局が設置され、基本法を背景に膨大な予算が組まれ、担当大臣もおります。気がつけば、彼らフェミニストが体制側で、私たちの方が反体制でございます。それが現状ということでございます。
 
そしてこのジェンダーフリーを日本で最初に実践しましたのが連合赤軍でございます。一九七〇年代、全共闘の世代、浅間山荘はご記憶にまだ新しいところでございますけれども、森恒夫永田洋子が中心でした。
 
たとえば女性が女性の下着をつけたり、髪を梳かしたり、お化粧すること自体が女性闘士としてとんでもない。女性と自覚すること自体が許されないという理由で殺されていくわけです。そうした淵源をもつものを、なぜ学校現場が取り入れるのかということが大きな疑問でございまして、そのことを見習う必要はさらさらないのでございます。

 
これらが思想的背景ですが、では、なぜこのように男女共同参画までの流れができたのか。このことを見てみますと一番の元凶は国連にございます。
 ちょうど
1980年のことですが、それ以前にアメリカのウーマンリブ運動がありまして、その連中が国連に入りこみます。そして国連が女子差別撤廃条約を批准します。「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」といいますけれども、国連が1979年に採択しておりまして、日本は1980年に署名しております。
 これは日本では、署名はできない状況でした。同法と日本の国内法とのギャップが大きくて、同法の批准のめどが立たないので署名は見送られる予定でした。
 
ところが、この時、日本は大平首相が急逝し、衆参同日選挙で上を下への大騒動で、そのどさくさにまぎれて、本当は同法の署名は見送りの決済が外務省の中に回っておりました。それに条約局長の捺印が遅れていました。
 
そのことが、労働省から外務省へ出向していた役人から通報されます。「署名先送りがペンディングになっているから、まだ署名先送りに決まったわけではない」と。それを朝日新聞が一面トップで報道しまして、市川房江氏などが猛烈に外務省に圧力を加えます。結局、日本は
1980714日、署名いたします。

 
そして日本は、バカ真面目と申しましょうか。いま女子差別撤廃条約を批准している国は百八十カ国ほどですが、日本ほど法律的にきっちり個人の思想まで入り込んで男女共同参画を徹底している国はおそらく他にありません。こんなひどい条約を受け入れて徹底したためにここまで弊害が出ているのです。
 
その流れを受けて、一九九九年六月、小渕内閣において男女共同参画社会基本法が成立いたします。これが今の十兆円の後ろ盾になっています。男女共同参画基本法と男女共同参画局という法律と機構が揃いまして、そして十兆円という予算、この三つの輪で完璧に男女共同参画がお上から実施されているという図式です。
 
日本全体を見まして、過激な男女共同参画の条例は、宮崎県の都城市で、同性愛者を優遇する条例を作っております。家族に対しては扶養控除など、さまざまな経済的な控除がありますが、同性愛者間でもOKだというのが都城市の条例でございます。
 
また、千葉県の堂本明子知事は、「ジェンダーフリーをやりたい」と言って知事になって人です。日本で最高の、つまり過激な男女共同参画推進条例を作ろうとしました。
 
しかしそれが成立する間際になって、自民党県議団がその問題点に気がつきました。最終的にはいまだに全国の都道府県レベルでは千葉県だけ成立しておりません。他のところは全部出来ております。もちろん愛媛県も出来ております。
 愛媛県の条例を今回ちょっと読ましていただきまして、非常にすごいなと。全国で
10本の指に入るくらい徹底した男女共同参画の条例が愛媛県でも制定されております。そして埼玉県
では土屋元知事坂東真理子という元参画局の局長を登用しまして、やはり過激な男女共同参画の条例を作っております。今、わが国では、上は政府から地方の津々浦々にいたるまで、男女共同参画の嵐に見舞われております。


 レジュメの次のページに移ります。
 
性教育元年といわれる平成四年から、学校現場に性教育が本格的に導入されました。それから十四年が経っておりますが、二十代までの七割が性の知識を学校で得ているのです。これが何を意味するのか。
 
やはりそれは奨励ということになるんですね。「どうぞ淪落してください」という、結果的にそういうことになっております。
 
皆さんもご存知だと思いますが、スージー&フレッドという名前の女性器と男性器のついた人形がございます。これを山谷えり子さんが平成十五年七月に国会でこれを使って説明をしようとしました。一応、事前にNHKに対して、「こういうものを使うけれども」と了承を得ようとしたら、NHKは「そんな卑猥なものは映せません」と言われました。そんな卑猥なものを学校現場で使っているのです。こういう現実がございます。
 
また東京都杉並区立和田中学校では「よのなか科」という授業があって、これは藤原和博氏というリクルート社出身の、鳴り物入りでなった校長先生が導入したものです。その藤原さんが仕掛けたものですが、オカマの三橋順子という人を呼んで、同性愛を気持ち悪いと思うこと自体が差別だという授業を行っています。これはNHKの「おはよう日本」と朝日新聞が激賞しております。
 
このように耳を塞ぎ目を覆いたくなるような授業が学校現場で横行しております。このようなジェンダーフリーを積極的に推進している組織や個人を挙げておりますけれども、具体的には全教、日教組、日本共産党、過激派、VAWW-NETジャパンなどです。VAWW-NETジャパンは、女性国際戦犯法廷をしたところです。
 
それから社民党、民主党、自民党。自民党の中にも男女共同参画推進派の猪口邦子さんを先頭として何人かいらっしゃいますね。それから学者としては、先ほど名前が出ました上野千鶴子大沢真理両氏のほかにも船橋邦子氏などもいます。それからタレントの遥洋子、宮台真司、中山千夏、辛淑玉の各氏など、ジェンダーフリー派は芸能界にも学術・評論の世界にもたくさんいるわけです。

 
そして、私たちが「ジェンダーフリーは問題だ」「男女共同参画はおかしい」と言いますと、彼らは逃げるんですね。それは表現上のごまかしなのですが、「ジェンダーフリーはおかしい」と平成十四年十一月に福田官房長官が国会で答弁して以降、ジェンダーフリーという言葉を控える傾向になりました。
 
「ジェンダーの視点に立って」とか「ジェンダーに敏感な視点で」といい始めています。猪口邦子さんは「ジェンダー・イコーリティー」と言っていますけれども、結局、男女平等と同じ意味ですが。
 
彼らの傾向として大変面白いのは、横文字が大好きということです。ジェンダーフリーもそうですけれども、リプロダクティブ・ヘルス/ライツとか、日本人が聞くと一瞬「何だ?」と思うのです。
 
横文字になると、何となく新しいのではないかとか、悪くないんじゃないかとか、どうしてもごまかされやすくなります。「ここは日本だ、日本語で言いなさい」「横文字をありがたがって、鹿鳴館時代じゃないんだぞ」と言いたくなるんですけれども、実際彼らは横文字を多用します。それが分かりやすい彼らの見分け方でもあるのですが、そういう形で表現をぼやかして追及をかわそうとしているわけです。

 
教科書では、家庭科で「多様な家族」という表現で、伝統的な家族を否定しております。たとえば実教出版の教科書でいえば、「離婚後の生活を考えて生きよう」とか「離婚できない日本はよくない」、開隆堂の本では「未婚の母」を「非婚の母」と言いまして、非婚というとまるで自分が選び取った道のように「私は自分の意思で結婚していないんだ」ということで、非婚という言葉を最近は使っております。そして開隆堂の教科書では、婚外子が多いフランスやスウェーデンの方が、まるで進んでいるように書いております。
 
そして一ツ橋出版の『これからの家庭基礎』におきましては、高齢者虐待やDVは密室と化した家族ゆえに発生すると言っています。まるで家族だから、高齢者虐待やDVが起こるといわんばかりの表現でございます。家庭科で、なぜこのような教科書が検定を通過するのか、深く疑問を覚えるところです。
 
そして女性センターは各都道府県にできておりますけれども、左翼の拠点になっております。たとえば新日本婦人の会、婦人民主クラブ(再生)、母親大会連絡会などは、全部共産党系ですけども、これが女性センターに入りこんでいます。
 
また、アジア女性資料センター元朝日新聞の松井やより氏が立ち上げて、女性戦犯国際法廷の中心になっている組織でございますけれども、アジア女性資料センターのスタッフが、女性センターの講師として招かれて講座をもっています。
 
女性センターは言わずもがなですが、皆様の税金でできている所でございます。そこの運営スタッフも全員市町村の公務員でございます。そういう場所がこういう男女共同参画・ジェンダーフリーのオルグ、扇動の拠点になっているのです。

 
そしてもうひとつの問題としては、エイズ教育がございます。
 
ここに厚生労働省の(財)性と健康医学財団がございますけれども、ここも全国で定期的に講演会を催し、若者たちにパンフレットを配布しておりますけれども、それを読むと何を書いてあるかというと、「ピルとコンドームを使えば完璧」というふうに喧伝しております。「これをすればいいのよ」というふうに書かれてあるのです。
 
そうしますと、結果的にどうなるか。いま一番日本の性病で蔓延しているのはクラミジアという病気でございます。それは自覚症状がないので、女性で八十二万人・男性で十四万人、合計で九十六万人の罹患者がいるということが報告されております。
 
このクラミジアにそのままかかったまま放置しておきますと、不妊症の危険がございます。そしてこの性病に感染しておりますと、エイズに罹患する確率が高まりますから、結果的に私はこんな予測をしたくないですけれども、近い将来、日本でエイズが爆発的に流行するんではないかという非常に強い危惧を抱いております。このような状況が今の日本の現状でございます。
 
 
さて、このような男女共同参画社会・ジェンダーフリーの教育を受けてきた子供たちが、二十歳以下の中絶の人数が年間四万人と申し上げましたけれども、高校生を調査しました結果がございます。今井博久(旭川医大)が高校生三千二百人を調査したものでございます。
 
二〇〇四年十二月五日付で産経新聞が報道しておりますけれども、「性体験あり」と答えた男子三五・八%、女子四七・三%の人たちを対象にクラミジアの感染を調べますと、男子七・三%、女子一三・九%。高校生で一番感染が多かったのは十六歳でして、男子八・六%、女子二三・五%に上っております。
 
一方で日本・アメリカ・中国の国際比較でみてみることにしますと、日本青少年研究所が二〇〇三年九月から十月まで、青森・山梨・東京・島根など十二校千六十四人、アメリカも中国もそれぞれ複数校から同じくらいの人数を対象に調査した結果でございます。
 
ここで注目すべきは、「結婚前まで純潔を守るべきである」と答えた日本の女子です。女子は二九・二%しかございません。これはアメリカの女子でさえも五六%、中国は七六・五%。日本の女子が二九・二%しか「結婚前は純潔を守るべきである」と答えていないということは、これはそのまま実施していきますと、父親が分からなくなるという結果になります。そうしますと家庭が作れなくなります。子供が生まれても家庭が作れない。このような状況では、家庭崩壊が現実のものとして起こってくることが容易に想像できるのです。
 
そして男女共同参画・ジェンダーフリーの一番の特徴は、「男は男らしく・女は女らしく」ということを否定するという点にあります。「女は女らしくすべきだ」と答えている日本の男子は三八・九%、女子は二二・五%しかおりません。これはアメリカ中国と比較しますと大きく差が開くところでございます。
 
また「男は男らしくすべきだ」というのも女子は四〇・四%で、これも非常に国際比較からしますと少ない数字でございます。本当にジェンダーフリー教育が徹底しているということが、このアンケートの結果から分かるところでございます。
 
そして、やはり日本青少年研究所がその翌年に行った調査では、愛媛県の高校生も答えております。質問項目の「売春など性を売り物にすること」は「本人の自由でよい」と答えている日本の高校生は二五・三%おります。そして「パソコンで性的画像を見ること」が「本人の自由で良い」というのが七〇・一%。「アダルトビデオや雑誌を見る」は九〇・五%が「本人の自由でよい」と答えています。やはり中国はこの点においてはまだしっかりしているのです。この点におきましては日本よりも中国の高校生のほうが健全な意識といえます。

 
次に帰属意識ということで、一般的な規範ということで性だけに関係なく今の高校生が「国旗・国歌」に対してどう思うかということを、同じ調査で日本青少年研究所が行っております。
 
この中で「国歌を聞いてどう思うか」という質問で、「誇らしいと感じる」という日本は一一・一%。「国旗を見て誇らしいと感じる」というのが一三・三%。この「誇らしいと感じる」という高校生が、アメリカは五四・八%、中国は五〇・五%ございます。
 
一方、「反発・反感を感じる」というのが日本人が「国歌」に関しては一三・〇%、「なんとも感じない」が六四・六%となっていて、国旗に関して

もほぼ同様です。つまりアメリカや中国の五分の一しか「誇らしいと感じる」子供たちがいないということです。その反対に、「反発や反感を感じ」たり「なんとも感じない」という高校生が、アメリカや中国の三倍いるということです。愛国心に関しては、いま教育基本法改正で盛り込むかどうかもめていますが、高校生たちもこの点に関して見てみますと、非常に危機的状態にあることが分かります。
 
そしてその次の「学校の行事や式典で国歌吹奏や国旗掲揚に際して起立して威儀を正すか」という質問に対して、「起立して威儀を正す」というのが日本は三〇・二%、「座っているときは座ったまま、特別な態度をとらない」が三〇・五%、「どちらでもよいと思っており、特別な態度をとらない」が三七・七%です。つまり、三分の二が「特別に威儀を正さない」ということです。
 
私が制作した「新しい公民教科書」に載っているコラムをご紹介します。このなかのコラムで、中谷巖先生が、東京オリンピックのときの木原美智子さんの体験を書いています。木原さんは、当時、水泳の選手で、アメリカの選手と一緒に、プールで練習をしていました。
 
プールでは国歌の吹奏のテストが行われていました。その時、アメリカ国歌が流れてくると、アメリカ選手は練習をやめてきちんと威儀を正しましたが、木原さんは何をしているんだろうと思います。そして君が代が流れたときに、木原さんは泳ごうとしました。そしたらアメリカの選手に、「ちょっと、ちょっと」と静止されたのです。
 
それではっとして、「そうなのか、そうすることが国際常識なのか」と気がつくわけです。つまり練習であっても国歌が流れたときには威儀を正すのが国民たる者の姿勢だということを、そのとき初めて木原さんは教えられたという話です。
 
事程左様に国旗・国歌に対する姿勢が日本人とアメリカ人では違うということでございます。
 
今、盛んに国際化時代といわれます。これから日本人は、国際舞台に立つことが増えていくことでございましょう。しかし国旗・国歌に対して軽んじるような姿勢では、「なんだ、この人は」とその瞬間に軽蔑されるのです。そういうふうに捉えられても仕方がないのです。いろいろな実力とかいろんな場面で力が足りずに否定されるのなら分かります。しかしそういうところで、「なんだ、この人は」と言われるのが最も辛いところでございます。
 
もう一言言わせていただければ、オーストラリアで東京三菱銀行の支店長が言っておりましたけれども、日本人の社長と現地オーストラリアの実業家が仕事で提携関係を結ぼうという話がまとまりました。そのときに、日本人の社長がアフター5で食事をした時に、「自分は日の丸・君が代なんて嫌いだ」というようなことをチラッと言ったらしいです。日本人社長は話しのネタにちょっと出してみたのでしょう。
 
そしたら翌朝、一番に東京三菱銀行へそのオーストラリアの実業家から電話がきて、「この取引はなかったことにしてくれ。あんな人間は信頼できない」と言ってきて、業務提携の話は壊れたそうでございます。これほどまでに日本人の国際認識、国旗・国歌に対する姿勢というのは歪んでいるということでございます。

 
こうした歪みが一体どこから来たのかということを探ってみますと、やはり淵源は占領政策にあるのではないかと断ぜざるを得ないのです。ちょうど六十年前ですが、昭和二十年八月三十日にマッカーサー将軍が厚木の基地に降り立って、GHQの占領政策が始まりました。
 
アメリカは、日本は本当に恐い国だと思っておりました。何とかしてこの日本を叩き潰さなければいけない、その一番の根幹は何かということで、いろいろ日本を叩き潰すターゲットに関して研究したわけです。
 
ひとつは家族(イエ)の解体でございます。この家(イエ)というものが日本の個々人の心の中にきちんと確立されているからこそ日本人はしっかりとしているんだから、家制度を解体しようということで、日本国憲法でイエを解体して昭和二十二年十一月三日に公布しています。
 
これはハーグの陸戦条約の第四三条に違反したものです。占領地の法律を変えてはならないことになっていますが、それをすべて無視して、彼らが一週間で作った日本国憲法を制定させてイエ制度を解体させております。
 
そしてもうひとつは言論・映画・演劇などの検閲でございます。これはこの資料の五番目にあります。南京事件等で、日本軍を悪し様に描きながら、日本はこういうことをしてきたんだという放送をします。
 
「真相はこうだ」という当時のNHKのラジオ番組、それに続いて「真相箱」とか「質問箱」など、形を変えて、これが昭和二十三年一月四日まで続くわけです。今回、小堀桂一郎先生と親しくお話しする機会がありました。小堀先生はその時の「真相はこうだ」を直接聞いている先生でございますけれども、その番組がとても嫌だったそうです。当時、非常に優秀な青年でいらっしゃいましたから鋭敏にそれをキャッチして、こんな番組を聴くのは嫌だといってすぐ消してしまったらしいですね。テーマソングが流れますとすぐ消してしまったから、「あのとき聞いておけばよかったと思っておりますけどね」と苦笑いしていらっしゃいましたけれど。
 
そのCIE(GHQの民間情報教育局)という向こう側が巧みだったのは、「真相はこうだ」という番組の帯の前と後ろに人気番組を持ってくるのです。そうすると前の番組を聴いているから、それの流れで「真相はこうだ」を聞くと。また、次の番組を聴きたいから、あらかじめ「真相はこうだ」をつけておく。そういう人々の習性まで考えて工作がなされておりました。
 
こうして、CIEはなんとかこの「真相箱」とか「真相はこうだ」などを日本国民に聞かせたいという工作をしましたけれども、当時は戦争の記憶も生々しく、その真実を知っている人たちも多くいましたので、非常に国民から反発を食らいました。結局、実質上はGHQがもっと長くやりたかったんだけれども、途中で中断しております。
 
ただ、彼らの検閲のすごさは、検閲を受けている日本人に感づかれないようにしながら、徹底して検閲を行ったところが彼らの巧みなところでございまして、これが今に至るまでその尾を引きずっているということがございます。
 
日本国憲法に関しましては、駒澤大学教授・西修先生が日本国憲法を作ったアメリカ人たちに取材しております。そして『日本国憲法の誕生を検証する』(学陽書房)を出しておりますけれども、ここで向こうの人たちが何を言っているかといいますと、「そんなものまだ日本は使っているのか」と反応しております。本当に、そのように言われて何を返していいか、言葉に詰まるわけでございますけれども。
 
こうしてイエの解体をし、検閲を行う一方で、GHQは日本は無条件降伏をしたというふうに喧伝し始めます。日本は無条件降伏はしておりません。しかし彼らは日本が降伏した後、「無条件降伏にすればよかった、失敗した」というように思うんですね。そして無条件降伏したというように喧伝し始めて、日本人に対して、「そうなのか。無条件降伏したんだったら何でもかんでもGHQの言いなりにならないといけないんだ」という意識を持たせるのです。
 
そしてもうひとつは昭和二十二年一月二十六日、皇室の解体を行っております。このときに十四宮家がありましたが、直宮家三宮家を残して十一宮家を臣籍降下しております。

本当でしたらマッカーサーが一番望んでいたのは天皇制の解体でございました。しかしそれでは日本国民の反発を招いて、日本をとても上手に占領統治できないと。マッカーサーは別に日本のためを思って天皇制を残したのではありません。マッカーサーの野心は、自らが共和党の大統領候補になることでしたから、そのお土産として日本占領を成功させることが必要でした。
 
ですから三宮家ぐらい残して天皇制を出来るだけ弱くしておこうと。つまり今日の皇室の弱体化を計ったのがGHQのこのときの戦略ございます。そして昭和二十二年、皇室経済法を制定して九〇%の財産税を課するという形で、結局十一宮家は仕方なく臣籍降下することになります。
 
そして今回、皇室典範の問題が起こってきております。その種はこのとき蒔かれたものです。でも、今はGHQは日本にはありません。日本はもう独立をしております。しかしまるでその手下のように、GHQの政策をそのまま受け継いで実行している人たちが日本の中にいるのです。それも政府に近いところにいるというところが日本の悲劇でございます。
 
今回も皇室典範改正の有識者会議というものがございますけれども、ここの座長吉川弘之氏はロボット博士。そして十人のメンバーがおりますけれども、ほとんどが皇室に関してなぜ自分が選ばれたか分からないというメンバーばかりでございます。
 
唯一、『皇室概論』というのを一冊書いている園部逸夫氏だけが、僅かに皇室の制度に関して少し知っている程度でございまして、他の九人は全く部外者でございます。その十名が僅か十カ月の会議で決めた女系天皇容認論は日本の伝統をなし崩しにするものです。
 
とくに女系天皇ということになりますと、私たちと変わらない人が天皇になるということでございますので、皇室を戴く意味がなくなってまいります。ですから絶対に女系天皇は容認できないということでございます。
 
皇統とは、「男系男子がY遺伝子を継いできたということ」です。祭祀長として、祭祀を掌る資格が天皇陛下にあるということはその理由によるものでして、それが女系天皇になった場合、全く関係ない人が先祖をお祀りする資格があるのかという問題がございまして、これは非常に由々しき問題でございます。
 
今回、『「女系天皇論」の大罪』(PHP研究所)のまとめを担当いたしました。小堀桂一郎、櫻井よしこ、八木秀次三氏の鼎談をまとめたものです。今回の皇室典範の答申を出したそのことに関しまして、櫻井よしこさんは何とおっしゃっているかというと、「何の権限があって、そういう権利があるのか。今上陛下でさえ手をつけることができないものであるにもかかわらず、そのような一般の何も知識のない者が何故手をつけるのか」と憤慨していましたけれども、真にその通りでございます。
 
井上毅の書いた『皇室典範義解』では、皇室典範に関しましては、ちょっとそこを読みますと、「皇室典範は、皇室の基礎を強固にし、尊厳を永遠に維持するために不可欠なものである。これまで皇統の相承は、不文律の範に則って行われてきたものだが、社会進歩に伴ってあらゆることを法律で決めていくこととなった。皇室典範は、皇室が御自らその家法を条文化したもので、臣民に交付するものではない。将来改定しなければならなくなったとしても帝国議会の協賛は不要である。皇室の家法は祖宗より子孫に伝えられるものであって、君主が任意に作るものでも、臣民が干渉するものでもない」というふうに述べております。つまり、「みだりに、臣下が手をつけるものではない」と謳っているものを、GHQがいとも簡単に手をつけたということです。
 
しかし日本は、GHQの占領状態が解かれてはや五十数年間経っております。日本が何をすべきかといえば、GHQがさまざまに改造した前の状態に一旦戻すべきでしょう。その段階からもう一度、「日本はどうするのか」ということを考えたらいいわけです。とにかく皇室典範を簡単にいじったり云々するということは許されない状況でございますので、是非ここらへんを皆様も意識を持って、皇統というものについて考えていただきたいと思います。

 
とりわけ私がもっとも思いを致すところは、先の大戦についてでございます。
 
六十年前、多くの英霊たちがこの日本を守るために命を捧げました。とくに硫黄島の戦いなどを見ますと、栗林忠道中将や市丸利之助少将、それらの人々の命を捧げてこの国を守るために、一時間でも本土への空襲を先延ばしするために命を捧げた人々の想いというのは私たちは考えなければいけないと思うのです。
 
彼らは、「百年後の日本のために護国の楯とならん」と言い残しております。
 
その人たちの犠牲の上に私たちはいるということを、いま一度、私どもは真剣深刻に受け止めて、その土台の上に日本の繁栄が築かれております。その英霊たちに対して、私たちの今日の姿でいいのか、このままでは顔向けできない日本になってしまう、そのような状況はなんとしても阻止しなければと思っているところでございます。

 
さて、このようにお話をしてまいりましたけれども、では日本はどうすべきか、ということです。やはり寄って立つべき一番の基礎は家族でございますね。ですから私は家族の再生、父母と社会による躾をきちんとする。家族の再生、家族拠り所としていくということが大事だと思います。
 
資料(1-4)に戻りますけれども、猪口邦子氏の「両立支援が柱」という記事があります。彼女は両立支援ということを訴え続けております。簡単にいえば、働け症候群でして、常に女性は労働市場にいなければいけないと主張しております。
 
猪口大臣は、結果的に専業主婦を否定しながら、女性も常に労働市場にいろ、と言いますが、子育ても重要な社会参加でございます。
 
そして一番の矛盾は、猪口大臣というジェンダーフリー推進論者が少子化担当大臣であるということです。ジェンダーフリーを進めると少子化が進みます。
 
なぜかと言いますと、最初に触れましたように、彼らは女性に自己決定権があるということで中絶を容認・奨励しております。そして実際に、二十代以下の中絶が四万人を超しております。つまり中絶を容認するということ自体が少子化でございます。
 
そして彼女たちは、子育てを過小評価してM字型曲線を敵視します。
 
M字型曲線というのは、いったん学校を卒業して社会に出ます。そして結婚して出産やなんかでいったん社会への進出が減ります。そしてまた子育てが終わって社会にもう一度出ますから、結果的に女性の社会での労働曲線はM字型になるわけです。
 
そのM字型曲線を彼女たちは、「とんでもないことだ。諸外国は台形で、いったん社会に出たらずっと働き続けるのに」と非難します。韓国は日本よりもっと激しいM字型ですが、日本も若干、落ち込む。これが許せないというふうに彼女たちはずっと敵視しております。常に女性が労働市場であることが善であると。その発想でいきますと、ではいつ子供を産んで育てるのか、という問題がございます。

 
そして若年層で性交教育をいたしますと、先ほど申しましたようにクラミジア等の性病が蔓延しますので、日本では、思春期の性病が、現在、欧米先進国の十倍になっております。性病に罹患すれば不妊症になるわけですから、少子化がより促進されるということでございます。そしてエイズ教育の誤りで、コンドームとピルを使うようにと言っておりますので、これも少子化の推進になります。
 
そして何よりも大きいのは、家庭を持ちたいと思わなくなります。つまり人というものは、男性は男性らしく女性は女性らしくあって、初めて結婚したいと思うわけです。女性の淑やかさとか、たしなみ、所作の美しさなどがあって、また男性にも逞しさや力強さ、包容力があって初めて、互いに、「いいなあ、結婚したいなあ」と思うわけです。
 
それが男性が男らしくなく女性が女らしくなくなれば、お互いに結婚したくなくなるわけです。互いに異性への憧れが消滅しますし、加えて女性の貞操観念が薄くなっているということになると余計に結婚しなくなるのです。ジェンダーフリー教育が育てる「ふしだらな女」と「腑抜けな男」では結婚したくなくなります
 
そして少子化のもうひとつの大きな原因として挙げられるのは、私は自虐史観だと思います。こんな国に子孫を残していいのかと、この希望の持てない酷い国柄の日本で子供を産んでいいのかと思えば、子供は産まなくなるわけでございまして、やはり自虐史観は希望と誇りを持てない祖国ということになります。ですから誇りのない自虐史観は、私は少子化を促進することになっていると思います。
 
また、「今の君でいいんだよ」というのがジェンダーフリーの合言葉ですが、向上心や克己心が育ちませんから、挫折しやすくなります。働け症候群で母親との絆も薄いですから、思春期が上手に乗り越えられず、ニートやフリーターが増える一方という状況下にあります。
 
今、ニートやフリーターが500万人時代といわれています。経済力がなくなれば、結果的に家庭も作れない、持ちたくても持てないということでございます。ジェンダーフリーは少子化を促進するわけですから、なんでこういうジェンダーフリー促進論者が少子化担当大臣になるんだ、と大きな疑問を抱かざるを得ません。

 
そして資料3右側の上にフランスという項目がございます。出生率を回復させた国の児童家庭政策というところですが、フランスは出生率が一・八九に回復しています。
 
たしかに数字だけみれば、フランスは手厚い経済支援を行って少子化を克服しているかに見えます。しかし、この一・八九は誰が産んでいるのか。白人のフランス人は産まないので少子化に拍車がかかっています。白人家庭は出生率が低く、離婚率が高く、高学歴・高収入の妻がいるほど家庭の子供は少ないんです。
 
一方でアラブ・アフリカ系の移民、これがフランスの出生率向上に貢献しております。とくにアルジェリア・モロッコ・チュニジアからの移民家庭には子沢山です。
 
シラク大統領がパリ市長時代に、ミッテラン政権の移民政策を批判して、「三人の妻に二十人の子供がいて、国から四十万円の家族手当を毎月受け取っている。夫は仕事もせずに暮らしている。これでいいのか」と厳しく追及しております。つまり補助金目当てに移民たちが産んでいるというのが実情です。

 
そして猪口さんがずるいのは、そういう数字だけを引いてきて「フランスの真似をすればいい」ということで、エンゼルプランや新エンゼルプランという形でバラ撒きをしております。
 
昨年十一月六日の『報道2001』(フジテレビ系列)で猪口さんが二つの図表を出しました。その中の1つの図表がこの「女性労働力率と合計特殊出生率の推移」でした。
 
ここで猪口大臣は小細工を弄しております。このグラフからイタリアと韓国を削っております。なぜ、イタリアと韓国を削ったのか。それは日本よりも出生率や女性労働力の割合が低いからです。このようなものを入れておくと、日本がまだまだ足りないということを示すのにまずい、ということでしょう。番組で示したパネルでは、イタリアと韓国を削っていかにも日本だけが特殊だという形で、猪口さんは小細工をしております。
 
そもそも国柄も宗教的背景も家庭的な伝統も違う他の国と数字だけを単純に比較して、それで出生率が云々とかいうことは言えないのです。猪口大臣の説は、「女性労働力率が上がれば合計特殊出生率も上がる」という主張です。つまり「女性が働けば働くほど社会進出をすればするほど、合計特殊出生率もあがる」というのです。
 
しかし実は彼女の仲間ともいえる「男女共同参画会議の少子化と男女共同参画に関する専門調査会」が、「少子化と男女共同参画に関する社会環境の国際比較」という報告書を出しています。
 
その報告書によれば、「労働力率と出生率は、どちらかが上がれば他方も上がるというような固定的な関係にあるのではなく」と述べています。つまり労働力率と出生率には相関関係はないと報告書で出しているのです。にもかかわらず、猪口さんはいまだに労働力率が上がれば出生率も上がるといって、「女性も外で働け!」と念仏のように唱えております。これは間違いであるということがはっきり彼らの報告書から分かるわけでございます。

 
さて、実はあることで、私は家庭の凄さということをあらためて確認させられました。ちょうど二十年ぐらい前に大山康晴さん、将棋の名人でしたが、大山名人の講演を聴いたことがございます。大山名人はそのなかで、内弟子の話をされていました。
 
昔は内弟子制度がありました。大成するのは内弟子だけだそうでございます。その大山名人は、内弟子でいるときは非常に嫌だったそうです。外から通ってくる弟子は、打ち方だとかいろいろなものを教わる。しかし自分は教えてくれない。やれ便所掃除だ、廊下を拭け、庭掃除、炊事の手伝い、そういうものばかりやらされて非常に嫌だったと。しかしそういうものの中からしか一流の人は生まれてこなかった。私はその時、「ふ~ん、内弟子というのはすごいんだなあ」と。その時は、そこまでしか意識がまいりませんでした。
 
実は再度、家族とその価値・意味ということを考えてみたときに、一子相伝という言葉が浮かびました。父から子へと技術を伝承するということですが、これには家族という環境のなかで文化を受け継ぐということでございます。
 
そこで「はた」とひざを打ちました。「そうか、だからこそ内弟子が一流になるんだ」と合点がいきました。内弟子でしかその師匠の呼吸や発想、身のこなしは見ることができない。そのすべてが総合されて技になるのだということです。
 
ですから史上最強の棋士・大山名人を育てたのは内弟子制度でしたが、内弟子制度や一子相伝など、口では伝わらない世界が家族というなかで初めて伝承されるものだということです。
 
さらに躾や礼儀作法、善悪・秩序・法意識・美意識、そういうものがすべて家のなかで育ってまいります。たとえば生活習慣ですが、たとえば小学生でしたら朝七時に起きて夜九時に眠る。たとえばそういう「さもなきこと」が大事なのです。
 
毎日毎日、同じことを繰り返す。学校から帰ったら、まず宿題を済ませて、手伝いをして、夜七時になったら食事をして、お風呂に入って、床にはいる。そういう毎日毎日の生活習慣をすることが、個人の秩序感覚・順法精神を形成し、それが健全な社会を作っていくということです。
 
また家では、四季の行事があります。お正月、お雛様、端午の節句があり、春と秋のお彼岸やお盆にはお墓参りに行きます。目に見えないものへの畏怖、敬虔さ、祖先崇拝、道徳とかそういうもの気質、そういう姿勢を育てていくわけでございますから、そういう宗教心、信仰心、善悪、美意識、秩序感覚、順法精神、すべてが家庭生活を送るなかで伝わっていくわけでございます。ですからなんといってもこの家を取り戻すことが、私は日本再生の鍵になるのではないかと思います。

 
猪口大臣は、「出産したら、できるだけ早いうちに子供をいつでも預けられるように、二十四時間保育を徹底したい」と言っています。しかし人間は、未熟な状態で生まれてまいります。幼い時に、前頭前野を鍛えたり、情操をはぐくんだり、人間関係をきちっと築いたり、そういう社会の規範や恥の意識などを植え付けなければなりません。
 
それができるのは、保育園ではなくて家庭です。子供の一生を決めるのは親自身です。ですからこのような貴重な時に保育園に人任せにして子育てをするのではなくて、親が育てられるという状況であれば、それを大切にすべきです。わざわざそうした状況を壊して、外で働けイデオロギーに染まる必要は微塵もないのです。
 
元東京女子大教授の林道義先生が的確な指摘をしていらっしゃいます。林先生は臨床心理が御専門ですので、いろいろ問題を抱えた子供たちや親からの相談を受けています。
 
その林先生によれば、たとえば家庭では、お母さんが優しい父さんが厳しいというのは伝統的な家庭のあり方ですが、それが逆でも良いんじゃないかと思ったというのです。
 
しかし、お父さんが優しくてお母さんが厳しい場合はどうなるか。ほとんどの場合、父性が不足した場合、子供は無気力、腑抜けになる。そして父親がヘンに権威主義的であったり高圧的であったり暴力的であったりした場合には、子供は反抗的で暴力的になる。また母親の母性が足りなかった場合はふしだらになると、林先生は報告しております。
 
弱々しい父親と過干渉な母親の場合には、ほとんどの子供は小児精神病になるそうで、とくに思春期には必ず問題が起きるそうです。やはりほどほどに母親は優しく、父親は時に厳しく時に優しく、そういう家族の愛がいかに大事かということです。
 
三つ子の魂百までも申しますけれども、やはり幼児期の母子関係が一生支配するといっても過言ではないので、その絆がいかに大事かということです。一番の再建の鍵は愛情のある家族の再生です。

 
そして日本再生の二番目として私が申し上げたいのは、「古きよき法」ということです。これは西洋の中世の法思想でございますけれども、つまり「古いものは悪いもの」と決めつける傾向がありますがこれは違うということです。
 
古いものは時代の淘汰を経て今に生き残ってきているといえるわけでございまして、ですから時の淘汰を経たものを大事にしていくということでございます。
 
私は五年前の平成十三年八月十五日午後七時半から、終戦特集番組NHKスペシャルを見ておりました。その年は「戦争を知らない君たちへ―二〇〇一年 今、日本を問う」と題して城山三郎・岡本行夫・澤地久枝三氏がゲストで出ました。
 
皆様のなかでご覧になった方もいらっしゃると思いますけれども、私はその中の澤地久枝さんの一言に、非常に怒りを覚えた言葉がございました。それは「大義なんでどうでもいいことです。大義なんて考えるんじゃない」という澤地さんの発言でした。
 
大義あっての人間ではないか。大義のために人間は命までも捧げて惜しくないと思うわけです。より大きなもののために生きることが人間の幸せなのに、どうしてこの人は、こんな発言をするのか、と。
 
後になって澤地さんは、思想的に非常に偏っていることが分かりましたけれども、若者たちに大義を否定する発言をすることに、私は心底、怒りを感じたのです。こういうことをNHKが許していることがこの国の悲劇でございますけれども、是非そういうものは正していかなければいけないと思っています。

 
日本再生処方箋の三番目、これがサッチャー改革です。
 
ちょうど四半世紀前のことでございます。一九七九年にサッチャーさんが首相に就任いたしますけれども、その時のイギリスはどういう状況であったか。
 
ちょうど今の日本とそっくりでございます。何がそっくりかといえば、まず自虐史観です。当時、ロンドン市のインナーロンドン教育局は、トロツキストが書いた教科書を採択していました。インナーロンドン教育局は日本でいえば東京都教育委員会と同じことでして、その管轄下の中学校で人種問題研究所というトロツキー派の作成した偏向教科書を採択します。
 
当時、イギリスは、労働党政権が非常に長い間、続いておりました。一九四四年法という戦時中に作られた法律の下で教育がなされておりました。そして自虐史観と過激な性教育が横行していたのです。教職員の労働組合も非常に強い状況でした。
 
サッチャーさんは首相に就任して、教育の正常化に取り組みました。全国一斉テストを実施しまして、七歳・十一歳・十四歳、それから基本教育終了時の十六歳、その時に行うテストの結果で学校に順位をつけました。そして一番下のいつまでも改善されない学校を廃校処分にすることにしました。
 
学校ごと校長も教職員もクビです。そうなると学力を向上如何で教職員のクビがかかってきますから、真剣になります。
 
さて、今も昔も、イギリスは検定制度はございません。しかしそうしたトロツキストが書いたような偏向教科書は淘汰されました。いま一切、偏向教科書はございません。日本は検定を行っていても偏向教科書が生まれている状況です。これは何が違うか。本当に真剣にその国の教育を立て直そうとすれば、自然とそうなって再生する道が開かれるということです。
 
そしてサッチャー首相が九年かけて一九八八年法を制定いたします。これが非常に骨太の法律でございます。その結果、イギリスでは学校の経営に父兄が参与するようになり、校長の権限が強化されました。教職員の任免権と予算の運用は、親と学校長からなる学校理事会が握っております。
 
また教育困難校というところは、最初は千三百校あったそうですが、十年間で千百校が改善されました。また二百校は廃校処分になってリフレッシュされました。
 
現在でも、イギリスでは、全国の学校を教育査察官が回って、細かく調査を行っています。その学校の様子は全部、情報公開されていますので、アクセスすればその学校がどういう状況にあるかは、外部の第三者でも見ることができます。
 
しかしサッチャーさんに敵がいなかったかといえば、そんなことはありません。一九八八年法を制定するときには、ヒース元首相まで反対したのです。もちろん教職員の労働組合は半年間ストライキをしております。そしてマスコミ界も反対しました。
 
しかしサッチャー首相は断固とした決意で一九八八年法を制定しました。今は、労働党のブレア政権ですが、ブレア首相の最優先政策のテーマは教育です。
 
EducationEducation and Education」でございます。「一に教育、二に教育三、四がなくて五に教育」です。
 
翻って今のわが国はどうでしょうか。日本は世界の先進国の逆を行っております。ゆとり教育は、私に言わせれば、ゆがみ教育、ゆるみ教育です。そんなことをしている暇はないのです。日本も他国と同様、一生懸命、人材の育成と資質の向上を目指さなければいけないのです。
 
イギリスの先例を見て痛感しますのは、本当に教育を立て直そうと思う一人の人がいれば、必ずその国の教育は立て直すことができる、ということです。これをサッチャー首相の姿を通して知ることができます。
 
ですから小泉さんでは少々、難しいかもしれませんけれども、是非その次の宰相には、日本のこの教育をなんとか立て直していただきたいのです。そして、ジェンダーフリー教育・男女共同参画を一掃していただきたいと思います。
 
同胞たちが受ける教育を良くすることに反対する人は、意図的な反対は左翼がするかもしれませんが、国民の大半のサイレント・マジョリティーは賛成のはずです。ですから、ぜひサイレント・マジョリティーではなくて声を上げていただきたい。日本の再生のために皆さんの声をあげていただきたいと私は切に願うわけでございます。

 
そして今回、松山におじゃまするに当たりまして、私の大好きな人を紹介したいと思っておりました。松山が生んだ世界に通じるヒーローでございます秋山眞之さんです。私は実は秋山眞之が大好きでございます。
 
去年は日露戦争戦勝百周年でございました。この秋山眞之を見ていると、まさしく日露戦争・日本海海戦は「天の時」と「地の利」と「人の和」が揃ったときだと思います。この日本が勝ったときは良かったなあと思うんですね。
 
「天の時」、あのときに日本が開戦し終戦に持ちこまなければ勝つことができなかった日露戦争でございますし、そして極東の日本海という「地の利」がございました。そして秋山眞之という人自体は変わった人だったそうでございまして、そういう意味では上官が大目に見てくれたということがあると思います。
 
しかし秋山眞之は、海軍の戦略を立てることが三度の飯より好きだった人のようでございますので、その才能を遺憾なく発揮できるように、その天衣無縫さを受け入れるキャパシティーが周りにあったということのようです。
 
「天のとき」と「地の利」と「人の和」、そういうものがあったということがあのときの勝利を可能にしたんだなあというふうに思っております。武田の七段かがりと秋山自身村上水軍の末裔だそうですけれども村上水軍の戦法を融合させて日本海海戦の戦略を立てているわけです。
 
そのような秋山さんが出たこの松山の地に、私がおじゃまできたことが非常に嬉しくて仕方ありませんでした。「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員 一層奮励努力セヨ」という言葉も実は秋山さんが書いたと言われておりまして、その真偽のほどは分かりませんが、しかしこのような人物が出た松山でございますから、必ず松山・愛媛県は立ち直るに違いないと信じているところでございます。
 
ジェンダーフリーは「今の君でいいんだ」と現状肯定ばかりですが、とんでもございません。人間は努力すればするほど大きく上昇していくわけでございまして、その時、一日の違いはほんのこれぐらいかもしれません。でも十年二十年たってみたらどうでしょうか。
 
その延長線上は大きく差が開いて、絶対及びもつかない差になって出てくるはずでございます。ですから「今の自分でいい」などということは絶対にない、と思っております。
 
人生は一瞬一瞬が勉強であり人生全体が勉強であると思っております。私の一番大好きな言葉に佐藤一齋先生の「少(わか)くして学べば壮にして為すあり 壮にして学べば老いて衰えず 老いて学べば死して朽ちず」という言葉がございます。
 
そのときに努力しても、すぐには実らないかもしれないけれど、十年後二十年後、必ず結果として実ってまいりますし、見ていないようで人は必ず見ているものでございます。
 
そのように志を高く持って、ぜひ大義のために生きていただきたいと思います。私自身も大義のために生きたいと思っておりまして、失敗を恐れず日々努力することが何より肝要であると思います。
 
昨今、失敗するのが怖いから最初から大きな目標を立てないとか、失敗を恐れて何もしない若者がいると聞いておりますけれども、必ず結果はついてまいります。
 
ですから、ぜひこの愛媛から日本を再生させていただきたいのです。人生に花を、故郷に錦を、故郷に栄光を返す皆様でありますように、ご成功を心よりお祈りいたしまして、私の話を終わらせていただきます。ありがとうございます。



会長青井美智子
電話090-8971-7721
FAX089-964-3903
住所〒791-0221 愛媛県東温市上村甲218番地
Eメールmichikoaoi25@yahoo.co.jp