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第7回講演会

若者に蔓延する性感染症

フリージャーナリスト 桜井裕子先生
(時) 平成20年9月28日
(所) 松山市男女共同参画推進センター
(主催)健全な男女共同参画社会をめざす会

 桜井裕子と申します。よろしくお願いいたします。本日は、愛媛県内外からお運びくださいましたことに、心から感謝申し上げます
本来でしたら、私も昨日まで精魂を傾けまして作りましたパワーポイントで、皆様にビジュアルに見やすく分かりやすくお話を申し上げようと思っておりましたが、それができなくなりました。

人生には山あり谷ありですが、これが谷になってはいけないということで、「災い転じて福となす」、ぜひこの災いといいますか一見
谷に見えるかもしれないこの状況を最善に持って行くのが今日の務めだと思っております。なにとぞ、よろしくお願いします。

 さて愛媛県に参りますと、父祖の地に戻って来たと感じております。わたくしの曽祖父母が宇和島におりましたので、愛媛県はとて
も近しい感じがいたしますし、何度もこちらには足を運ばせていただいております。

今日の本論でございますが、お集まりの皆様は、真面目で良心的な方々ばかりだと思います。検定を通過した現行教科書などは見たことがない、とか、教科書は問題がないだろう、あるいは、「お上のやることは間違いがない」と思う方が多いと思います。

それで学校でどのような教科書が発行されているのか。保健体育の教科書は中学校では3種類出ていますけれども、これが学研の保健体育の、黒板に貼りだす資料でございます。「性器の仕組み」というタイトルがついておりますけれども、男の子も女の子も同じ時間帯にこういうもの(月経や受胎の仕組み、男性器の勃起の図)を見ているということでございます。教科書にも同様の図が載っております。教科書にも載っております。

女性の仕組みということで、卵巣から出された卵子が受精して、着床して、という仕組みを教えるという形になっております。これを見たアメリカのヘリテージ財団の研究員が「子供だけが見られるポルノグラフィーだ!」と言ったということでございますけれども、まさしくその通りでございまして、このようなことが必要かどうかという問題も、一つあるかと思います。

 たとえば学研の8ページを見ましたときに、わたくし、とても驚きました。この8ページの下のところに「Q&A」となっておりまして、「精子は毎日たくさん作られるようですが、射精されないとどうなるのでしょうか」という質問がイラスト入りで入っているんですね。その答えは、「精巣が成熟すると一日に数千万もの精子がつくられるようになります。射精されずに体内に溜まった精液は分解されて体に吸収されます。溜まったら出さなければならないというものではないのです。また、思春期には男女とも自慰のことで悩む人が多いようですが、健康に過ごせるならその有無や回数で悩む必要はありません」。

さらに、この右隣に「射精には次のようなものがあります」として、自慰と夢精について更に詳しい解説があります。「自慰 マスターベーション、オナニーとも呼びます。自分で性器を刺激して快感を得ることです」。「夢精」と書いてありまして、「睡眠中に性的な夢を見たときなどに起こる射精です。起きているときに自分の意識とは関係なく射精が起こることがあります」。これは別に特別な本ではなくて、現行の保健体育の教科書に検定を通過して載っているものでございます。

皆様の各地ではどの教科書が使われているか、大同小異ですので、お子様の教科書を一度開いてご覧いただければと思います。わたくしはこれを見て、こんなものが検定を通過していいのだろうかと思いまして、更に教師は一体どういうふうに教えているのかということで、教師用指導書「虎の巻」を見てみました。「虎の巻」は高いです。教科書は800円位で買えます。「虎の巻」は掲示用資料やDVDがついていたり厚い資料が付いておりまして、保健体育の場合は2万円前後します。その教科書を採ってくれた学校には無料で配布されるわけですが、また同じものを4年間使うということもあるんですけれども、一般の人が買うとなると2万円でございます。教科にもよりますけれども、少なくとも1万円以上3万円前後の価格が設定されています。一般の人はなかなか手が出ません。

 さて、小学校4年生の教科書を指導する虎の巻に女性の子宮のイラストがありました。そのイラストを115%拡大コピーして児童に配り切り取らせる。これが小学校4年でございます。ゆとり教育の結果、児童の学力低下が深刻で授業時間が不足しているのに、児童に子宮のプリントを配って切り取らせる必要がどこにあるのか。私はそれを見て本当にわなわなと震えるような感じがいたしました。

これは小学校4年生ですが、中学校になるともっと凄いんです。中学校の教師用指導書には、もう少し写実的な子宮の図がありまして、それに「子宮の図を配り、予想する位置に当てさせるといい。まず男子から先に予想させると面白い展開になる」。こう書いてあるんですね。私の作ったものではありません。この教師用指導書・学研Bの留意点という所にこういうものが書いてあるのです。私はこれを読んで、「性を弄んではいけない」と強く感じた次第でございます。

 そして教師用指導書((小学校4年生)に、「大人に近づく体」というところで「教師自身の体験談として不安に思ったことがあったことを語る」というのです。教師の体験談を聞かせる…「先生も悩んで大人になったんだよ」ということを言うのでしょうか。

わたくしは、この瞬間に学級崩壊が始まると思いました。教師の権威はもう地に落ちているかもしれません。さはさりながら、ここまで落す必要があるんだろうか。私はこの教師の体験談を聞かせるというのを読んで、「何を言っているのか!」と思いました。しかし教師の7割から8割はこの教師用指導書を基に、これに準拠して授業をしているわけでございまして、つまり7、8割の子供たちはこのような授業を受けていることは確かなところでございます。このような状況を果たして見過ごすことが出来るでしょうか。

さて、文科省が出している『学校における性教育の考え方、進め方』というガイドラインがございます。この中には、「性教育は人間尊重、男女平等の精神に基づき、人格の発達をめざす指導であり、人間としての在り方生き方に直接関わる教育活動である」と謳っております。性教育では、子供たちに純粋に医学的な知識を教えるというのであれば、百歩譲って仕方ないかなあという所もございますけれども、ここに男女平等の精神という一つの明確なイデオロギーが入り込んでいるというのが、そのガイドラインを見ると分かるんですね。

それで男女平等の精神に基づく性教育の推進の柱としましては、まず第1に性別否定があります。性別否定、男と女は同じだという捉え方です。「性別があるから差別がある」という考え方で、性別を敵視しております。羞恥心を小さい頃から剥ぎ取って、男らしさ女らしさを否定するというのです。

もう一つは女性の自立女性は性における自己決定権、これが最高の女性の自立だということなんですね。「男女平等」と言いながら「女性の自立」を言うところに一つのトリックがございますが、とにかく女性の自立。そして3番目の大きな柱として生殖決定権。産むか産まないかは女性が決める。100%女性が決めるという話でございます。100%女性が産む産まないを決めるということは、どれほど現実的に問題を引き起こしているかということを後ほど再度触れたいと思います。

産むか産まないか決定権は100%ある。この考え方について、政治評論家の三宅久之先生と仕事をご一緒しました折に、三宅先生は「この自己決定権というのかなあ、産む産まない、中絶するしないは100%女性に決定権があるというのは、おかしいと思うんだ」と。わたくしは同意しながら聞いておりましたが、三宅先生は「僕ね、20%ぐらいは男性にあると思うんだけど」と言われて、私は「おかしいなあ」と思いました。次世代の命を授かったならば、基本的に授かった命を中絶をする、殺してしまうというのも怖い話ですけれども、産む産まないの決定権は五分と五分ではないかなあ、と思いまして、「なぜ男性には20%しか権利がないのでしょうか、三宅先生」と突っ込みを入れたくなりました。三宅先生は20%とおっしゃっていましたけれども、皆様は如何でしょうか。わたくしは、ここでは性教育の推進の柱、まず性別否定、女性の自立という主張が如何なものかということを申し上げていきたいと思います。

男らしさ女らしさが目の敵になっているわけでございますが、基本的にこういうことを推進する人達の位置づけ、男女の位置づけについて申し上げたいと思います。私たちはひのもとに男性と女性がいると、こういう位置づけでございます。これを90度転回させたのが彼らでございます。つまり男性が支配で、女性が被支配だというのです。男性がものすごく大きくて強権的で、女性が弱小なので、こういう状況を打開しなければならないというのですが、この位置づけ、この構造に何%の方が頷くでしょうか。しかし男女を対立関係でとらえたいという人たちはこう思っております。そしてマルクス・エンゲルス、エンゲルスは特に「家庭において男性がブルジョアで女性はプロレタリアートだ」と言いました。これにも頷けない所がございますけれども、とにかく男性が支配で女性が被支配だと。そしてこれを逆転して女性が支配で男性が被支配になればいいかといえば、それでも駄目だと。つまり男と女の区別がある限り差別はなくならないんだから、男と女の区別を無くさないと駄目だというのです。男らしさ女らしさというのがこういう差別を作って対立関係を生んでいるから、この男らしさ女らしさを捨ててしまおう、ここから男らしさ女らしさの剥奪が始まるんですね。

で、男らしさ女らしさを否定すると、さまざまな弊害がうまれてまいります。特に10歳までにきちんと男らしさ女らしさを育てないと問題が生じますが、これは後ほど触れることにいたします。わたしは男が男らしく女が女らしくあることが男女共の幸せだと思いますけれども、男女の区別を否定する人たちは、男女の区別を消すことで人類の幸せが来る、というふうに考えているようでございます。

文科省の委嘱を受けて日本女性学習財団がパンフレット「未来を育てる基本のき」を作成して、男らしさ女らしさを否定して回っていました。しかしこれが産経新聞の報道や山谷えりこさんが国会で指摘したことが直接的な引き金となりまして、事実上、絶版になっております。ところが性別否定、家事育児の否定キャンペーンは行政のなかに組み込まれております。日本女性学習財団が貸し出して、全国の地方自治体でパネル展を毎年やっているんですね。地方自治体のたとえば市役所とか県施設のロビーなどでパネル展を展開しております。「なるほどジェンダー」というタイトルで、ジェンダーフリー推進のパネル展を全国の津々浦々の地方自治体のロビーなどで展開しております。これはぜひ今日お越しの県議・市議の先生方にもチェックをしていただきたいところでございます。

「なるほどジェンダー」というパネル展の内容は、「男らしさ女らしさ、誉め言葉も男女別?」というようなイラストでビジュアルに見せるという形になっております。また、「女性の継続就業を阻む愛の労働」というパネルでは、結婚して家事育児を仕事よりも優先するのはよくない、という内容です。これは、家庭崩壊に繋がりかねない内容ですので、そうしたパネル展が行われているかどうか、チェックをしていただければと思います。

さて、ここで医学的な面から見た「男らしさ女らしさ」の否定の危険性を申し上げます。これは10歳までが勝負でございます。10歳までが大切であります。これは拙著「性教育の暴走」の中にも触れましたけれども、大脳の神経の髄鞘(ずいしょう)化というのが行われます。つまり、大脳の神経の完成は10歳なんですね。10歳までに情緒や情操、そして機微の基礎固めなどが大脳の中で行われるということです。

また、大脳の性的2型核というのがありまして、それは大脳には、男子の方が女子の2倍に成長する部分があるんですね。そこが2倍に成長して初めて男らしさが発揮されるということでございます。大脳の性的2型核というのが発達しないとどうなるか。脳は基本的に女性に戻ってしまいます。一方で体は男性になるんです。つまり脳は女性ですが体は男性という性の不一致というのが起きやすくなるのです。

ですから、医学的にも10歳までにきちっと男は男らしく、ある程度危険な運動というか危険な遊び、川に飛び込んだりちゃんばらごっこをしたりという、大怪我をしない程度にある程度活発な遊びをさせることが、男子を男性にする非常に大きなポイントであるということをもう一度確認しておく必要があると思います。

遺伝子1098個は、基本的にXX女性染色体がベースでありまして、男子の男性染色体というのは78個です。もう一度申し上げます。遺伝子の数は1098個、その中の78個がY遺伝子ですから、Y遺伝子は少ないですから、そこに傷をつけてはいけない。つまり男性が男性らしくなるというのは非常に難しいことでございまして、これを決定付ける10歳までの育ち方が一生を決めるといっても過言ではありません。10歳までに、男は男らしく、女は女らしく育てないときちっとした大人にはならないという問題があるということでございます。

ピンク色の冊子を今日お配りいたしましたけれども、その中にも書いておりますが、男らしさ女らしさは、わたくしは魅力だと思います。映画を見た後の観客の感想のレポートを見ていますと、観客は、スターの「○○さんはカッコイイ!」と言います。「それはどうしてですか」と聞かれて「男らしいから!」と答えております。私はそれを見ながら、思わずにんまりとしてしまいます。やはり男は男らしく、女は女らしい方が素敵なのです。それを剥ぎ取る必要は何もありません。男は男らしく女は女らしくということでございます。

そして幼児からの性交指導の結果とも言うべき、9月から封切られる映画がございます。多分今週末くらいから松山でもロードショーが始まると思います。「コドモノコドモ」という映画です。これはフィクションですが、11歳、小学校5年生の春菜ちゃんという子が子供を産むというものです。ランドセルを背負った小学校5年生が子供を産むというストーリーでございますけれども、日本ではこれまで「14歳の母」というテレビドラマがございました。

実は、かの地アメリカでも、現実に事件ともいうべきものが起きております。マサチューセッツ州のグロスター高校で「妊娠出産協定」を結んで同時期に妊娠出産しようというそういう協定を女子高生同士で結び、結果的に17人が今同時妊娠しております。アメリカでは映画「ジュノ」が評判を呼んで、その結果だといわれております。もともとこの高校は生徒数1200人という大型校でして、これまでも年平均4人妊娠していた高校でございまして、託児所が学校の中にございます。まあ、至れり尽くせりというか…そういう学校ですが、今回の妊娠協定は完全に妊娠出産がゲームとなっております。こういう形で容認されていいのかということで、これは絶対に輸入してはならないと思います。

さてこの映画「コドモのコドモ」ですが、11歳でもいいんだと、産めるんだから産めばいいというトーンで貫かれております。この映画は秋田県能代市でロケーションをしまして、地元でかなり話題になりました。これは問題だということで、平成19年12月12日に秋田県能代市議会で柳谷市議が質問に立ちました。議事録も私は取り寄せましたけれども、なかなか議事録を手に入れるまで大変でした。インターネットでもアップされていないし、本人も出そうとしない。どこからこれは圧力がかかっているのか、と思いながら、私はそれでもなお喰らいつきました。市議会で市長や教育長が答弁している公的なものが、なぜオープンにならないのでしょうか。おかしな話でございますが、さて柳谷市議は市長と教育長に対して、「こういう子供が子供を産むというような作品に、廃校になったとはいえ学校を貸して、ロケーションをさせていいのか」ということに対して、市長は「これは是非善悪ではなくて芸術作品として見て欲しい」。そして教育長も同じようなような答弁です。「子供たちが力を合せて出産するのはいいことだ」と。力を合せれば何でもいいか?という問題でございまして、たとえばだったら泥棒でもいいわけ?という話になります。

わたくしは、この映画を見まして問題視しておりました折、あるシンポジウムに行きまして、取材をしておりました。シンポジウムが終わって帰り支度をしておりました。そしたらある若い女性が私に近寄って来られて、「いつもテレビで拝見しています。非常に参考になります」と言ってくださったのです。わたくしはお礼を言って、その女性に後日、わたくしが書いたもの等をお送りしたんです。そうしたら、その女性からメールが来ました。その女性は、わたくしに「いつも桜井先生は、今、学校教育が問題だとご指摘なさいますが、本当にそんなに深刻なんでしょうか。実は私が中学校の時には腹の底から君が代と仰げば尊しを歌わないと、居残りをさせられるような学校だったので、そんこと信じられないんです」と書いてこられました。それでわたくしは彼女に、「そんな良い学校でしたら、わたくしも紹介したいから、どちらの中学校か教えてくださいませんか」とお尋ねしました。そうしたら彼女は、「秋田県能代市です」と返事をくださいました。「おっ」と私はアンテナがピピッと動いたんですね。

「コドモのコドモ」のロケは秋田県能代市、メールを下さった良識的な女性も秋田県能代市。しかし秋田県能代市もいささか広うござんす。私は「まさか、関係ないでしょう」と思いながら、「実は秋田県能代市では『コドモのコドモ』のロケーションが行われたんで、そういう問題のある所なんです。それで市長も市議会で、是非善悪ではなくて芸術作品として見てほしいと。そして教育長も同様で皆が力を合せればいいんだと答弁しています。能代市はこのように問題なのです」とメールしましたら、「実は、私の中学校の1年のときの担任がその教育長でした」というメールが帰ってきまして、わたくしも「世間は狭いなあ」と思いました。そこでさらに突っ込んで「その神馬(じんば)教育長は、貴女様の担任で英語の教師だった頃はどうだったでしょうか」と尋ねましたら、「実は自分は神馬教育長が担任の時には、個人的には?マークがありました」。つまり見識がなくて、何かあるとすぐに怒る教師だったので、自分は嫌だった、という返事が返ってまいりました。子供は子供で、しっかり教師の力量を見ているものだと思いました。少し寄り道をいたしましたが、そういう形で11歳の女の子が子供を出産をするという映画がちょうど昨日くらいから封切られていると思います。

実は今、低年齢の出産というのが増えております。14歳以下で毎年出産が50人前後、46人から50人。これは出産の数ですね。15歳から19歳の女性の出産が年間2万人弱、18、549人。結構な数でございます。人工妊娠中絶は厚生省が毎年発表しておりますが、これは氷山の一角でございます。厚生労働省もこの資料を渡すときに「これは氷山の一角ですから」と言いながら出しますが、そんないい加減な数字ならば統計など意味がなくなると思いますけれど、その数値で中絶件数全体が約30万件です。この中の20歳未満が3万件です。と言うことで、これは全然減っていません。むしろ全体の中の割合としては増える傾向にございます。この性的な関係を結ぶことが低年齢化する問題は何があるのかということでございます。

今日は性感染症がメインテーマですので、いよいよここから本題でございます。初交年齢の低年齢化、この弊害について申し上げたいと思います。教師用指導書、中学校の学研の教師用指導書にどう書いているか。「性器の発育途上にある10代の女性は子宮の内膜がまだ膣内に露出しているので、感染の危険性がいっそう強い」と書いてあります。つまり「セックスができるからしていいんだよ」という話ではないということでございます。

10代の女性が性感染症に対してどれほど脆弱であるかということをデーターに基づいて申し上げますと、16歳以下で性交渉をした場合、19歳以上に比べて子宮頸癌になる確率が16倍高まります。近年、子宮頸癌が低年齢化しておりますけれども、子宮の入り口の所を子宮頸部といいまして、ここの癌が非常に増えております。さらに、初経から1年以内に性交した場合、初経から10年以上経って、大体23歳ぐらいになってから性関係を持った場合と比べて、子宮頸癌になる危険性は26倍。これはロマリンダ・クリニック院長の富永國比古医師が『愛するってどういうこと』という本で書いております。つまり初交年齢が低年齢化することは、医学的にみても危険だということが分かるわけでございます。

さらに初交年齢が早くなると、一生の間で複数の相手と関係を持つことになりやすいのです。これが非常に危険でありまして、その時は1人であっても、人生の内で5人以上異性と関係した場合は、0から1人に比べて、子宮頸癌の危険性が3、6倍高くなります。ですから道義的にいろんな異性と関係を持つことが問題だという面を別にしても、医学的にも非常に問題が多いということがこれから分かります。

そして今、日本人の国民病と呼んでもいいと思っておりますが、一番多い性感染症はクラミジアでございます。性器クラミジアです。性器クラミジアの怖さは、サイレント・キラーだということです。これは生きた細胞にしか取り着かないクラミジアの菌が徐々に侵食してまいりまして、この女性の細胞を1つ1つ破壊していくわけです。それも自覚のないままに無症候で破壊していく場合がございます。基本的にここで皆様にぜひ自覚していただきたいのは、性感染症は男女平等ではないということです。男性は基本的に放出性でございます。一方で女性は溜め込む性です。へそくりも貯めるかもしれないですが、体の造りからして、どうしても女性の方は受身になって溜め込まざるを得ないのです。ですから女性のほうにつけは回るということでございまして、残念ながら性感染症に関して一方的に殆どの場合ダメージは女性が被らざるを得ません。

クラミジアにかかると子宮頸癌にかかりやすくなり。さらに子宮の粘膜も破壊して、卵巣に膿が溜まり、そして最終的にはここから飛び越えて肝臓の肝周囲炎まで、肝臓の周囲にまで炎症を起こすのが性器クラミジアでございます。

もう1つ、一番問題なのが淋病ですね。併発、同時合併症といいますか同時感染している場合が非常に多いという話でございまして、この場合にはどういう弊害が出るかというと、子宮頸癌も当然のことながら出ます。子宮頸癌と、一番大きいのが不妊症なんですね。それから子宮外妊娠と慢性腹痛、それから骨盤内で炎症を起こします。

たとえば子宮外妊娠の原因になるのは細胞の炎症でございます。フライパンでいうとテフロン加工の表面と鉄のフライパンとでどうかというと、テフロン加工のほうがずっとつるつるしております。炎症によってこういった粘膜の細胞が壊されますと、ここにただれた状態、いわば、テフロン加工の状態が鉄のフライパン状態になって、受精した受精卵が途中の卵管で引っかかってしまいます。引っかかってそれ以上先に行かないために、子宮に着床できないので子宮外妊娠になります。子宮外妊娠は2回まででございます。この卵管は2つ両側にありますから、1回目ここで子宮外妊娠して切除しますね。もう一回子宮外妊娠も可能でございます。しかしこれ以上は繰り返すことが出来ないのです。つまり自然の受胎というのが無理になってまいります。ですから女性の体がどれほど大事か、どれほど繊細かということでございます。女性の体は本当に大事にしなければなりません。

そしてもう1つ、若年の女性にとって非常に脅威になっているのが、尖圭コンジローマ。コンジロームとかコンジローマとか言いますけれど、尖圭コンジローマ、これに罹ると100%子宮頸癌でございます。誤解されると困るんですけれど、子宮頸癌になった人は尖圭コンジローマだったというわけではありません。逆は真なり、ではないんですね。尖圭コンジローマになった場合、子宮頸癌になっていく。それも今20代、30歳未満の患者が非常に増えておりまして、平成19年度から20歳代から子宮頸癌の検診が始まりました。私たちの頃は40歳からでしたけれど、これぐらい子宮頸癌の低年齢化が進んでおります。

そしてもう一つ申し上げたいのは、性器クラミジアが次世代に及ぼす影響でございます。母親がクラミジアに妊娠しているときに罹りますと、新生児の50%が結膜炎、30%が肺炎にかかって産まれてきます。それから尖圭コンジローマにも新生児に性器や肛門や喉などにイボができて産まれてきます。つまり性感染症のつけは自分がとるんだからいいじゃないか、という発想をする人もいます。でも、自分だけじゃないんです。次世代につけがくる。この恐ろしいことを私たちはもう一度考える必要があると思います。

性交渉の低年齢化について再度、触れますと、中学生で5%、高校生で30%、大学生で60%が性交経験がございます。性交をしていない大学生は4割しかいないという話でございます。クラミジアの感染率もこれと比例しておりまして、大体女子高生の26,7%はクラミジアに感染しております。これは諸外国と比較してどうか。先ほどグロスター高校の例を申し上げましたけれども、あのアメリカでも3、9%です。大体日本の10分の1ですね。ベルギーでも1、4%、スウェーデンで2、1%。日本の若年層の性感染症罹患率は、欧米先進各国の10倍以上いうことでございます。これは将来にわたり、不妊症や子宮外妊娠、流産、早産など、様々なつけが子供たちに現われるということで、次世代に非常に大きな影響があることは容易に想像がつくわけです。

そしてもう一つ申し上げたいのは今の学校の教育の一つの問題点として、エイズ教育があります。エイズも性感染症の一部と位置づけられておりまして、非常に深刻になっております。HIVというのはエイズ発症の前段階でございますが、わが国のHIV感染が一日大体4人です。HIV感染に毎日4人感染しているという状況でございます。全世界をみれば、毎日8000人がエイズで死んでいますこれはジャンボジェットを満員にして20機毎日落しているのと同じことでございます。エイズは100%死ぬ病でございます。

ところが今学校でどう教えているかといいますと、いろいろ薬が開発されてHIVに罹ってもエイズの発症を遅らせる薬が開発されていることもあって、間違いなく病気が進行して死に至る病なのに、「単なる慢性の病気で、差別はいけない」ということしか教えていません。差別をすることは悪いことですけれども、しかしHIV・エイズは絶対に治らないし必ず進行して死ぬ病気であり、こうした病に対して予防をきちんとすることが大事だということは言わないのです。大体この治療費として、一人の患者に最低5千万から1億、あるいは2億かかるといわれております。そしてエイズを発症すれば免疫力はさらに低下して必ず動けなくなります。本人は働けなくなるので、社会が全部丸抱えで最後まで看取っていかなければならないわけで、社会的なダメージは大です。

エイズの感染経路の大半は性的接触ですから、安易な性交をしてはならないということになります。しかしエイズ財団はどう教えているかというと、「コンドームをすればいいんだよ」「コンドームがエイズ予防にとても有効だ」という教え方をしているんですね。

学校では、まず「何もしないNO SEXが一番安全だ」と教えます。ところが「それは無理だよね」という方向で「STEADY SEX」が望ましいと言います。これは「相手が性感染症ではないと確認できる固定的な相手とのセックス」のことです。「でも、これも無理かもしれないので、SAFER  SEXより安全なセックスをしよう」というのです。SAFER SEXという概念が今、定着しております。なにが「より安全」なのかといえば、「コンドームをしないよりもした方が安全」というのです。だから、コンドームさえすればいい、というのです。しかし、件の教師用指導書にも正直に、「コンドームで予防できない性感染症もあるが」とちゃんと書いてあります。コンドームで予防できない性感染症があるのに、コンドームを奨励する。これはおかしいんじゃないか思いまして、厚生労働省まで行きました。

エイズ対策の官僚を目の前にして、「おかしいじゃないですか。私が取材した範囲では、ドクターたちはコンドームでは性感染症もエイズも完全に予防できないと言っている。そんな程度の安全への担保で、厚生労働省やエイズ予防財団がコンドームを推奨していいんでしょうか」。エイズ予防財団は、厚労省の外郭団体です。そうしましたら、最初は「コンドームはエイズ対策として有効だという部会の決定があります。専門家の方たちがそれで効果があるとおっしゃっていますから、いいのです」というお答えでした。

でも、わたくしは「おかしい。私が実際に治療に当たっているドクターたちは、それでは防ぎきれないと言っている」と申しました。わたくしに追い詰められて、でしょうか、官僚は「たとえ、コンドームが有効でなくてもいいんです」って言ったんですね。「えっ?」耳を疑いました。「その部会が決定して、予算もついているから、コンドームでいいんです」。最終的にはそういう答えだったんですね。

わたくしはそれを聞いて、この人たちでは国民の命は護れない。こういう姿勢ではいけないと私は思いまして、やっぱり真実を知らせなければいけない。コンドームでは、エイズ感染から体を守ることはできないんだよ。そういう安易なSEXをしてはいけない、とはっきり言わなければならないと思いました。それでわたしは厚生労働省で以上のようなやりとりをした後日、日本で最大手コンドームメーカーの(株)オカモトに行きました。わたくし、取材から戻って知人に「オカモトへ行ってきた」と言いましたら、「ん?よくあなたそこまで行くわね」と言われましたけれども、最大手のメーカーに聞いてみなければ分からないということで、オカモトまで参りました。

オカモトの品質管理部長は「本来はコンドームというのは避妊具です」とおっしゃいました。そこでわたくしは「学校では、小学校段階から、コンドームを使用すれば、望まない妊娠も防げるし性感染症も防げると教えていますよ」と言ったら、「そういう教え方をしてもらっては困ります。コンドームはあくまでも決められた相手との間の性感染症や妊娠を避ける補助でしかありません」と、私の目の前ではっきりおっしゃったわけでございます。これが一番分かりやすい回答だろうとその時思ったわけでございます。

さはさりながら、子供たちはどう教えられているか。コンドームさえすれば大丈夫だよという、そういう安全まやかし教育が行われております。

私が札幌で講演しました時に、産婦人科学会の重鎮と話しをしました。年配の産婦人科のドクターは、近年、若年層の性感染症が増えたのはなぜだろう、と疑問を抱いていたそうです。そこで、私が背景を説明しましたら驚いていました。しかしそのドクターは学校での性教育では、コンドーム教育をしているというのです。一方で、自分の病院に性感染症を治療しに来た女子高生に、「彼氏にコンドームを使ってもらうように言いなさい」と。すると、また3ヵ月後にやはり性感染症を再発させて来る。そこでドクターは女子高生に、「なぜ彼にコンドームを使うように言わないのか」と聞くと、彼女は「そんなことしたら、かっこいい彼に捨てられる。彼女は私だけじゃないから」。こんなことを女子高生に言わせる。これでは、性の奴隷です。そこでわたくしは、そのドクターに、「先生、コンドームはそんなに有効だと思いますか」と申し上げたんですね。そしたらその先生がはっと私の顔を見て、「桜井さんは子供たちを愛していますね」。愛してる、愛してない、の問題ではないのです。コンドームが有効かどうかという話です。子供たちに有効でないものを使えと言っていいのでしょうか。そういう形で子供たちを誘導するのではなくて「君たちはもっと違う生き方をしなきゃいけない」と若者が自分の人生と体を大切にして性に走らないようにしてほしい、と、そのドクターに話をした経験がございます。

これまでの一連の取材の結論を、以下、何点か申し上げます。

まず、学校であからさまな性器・性交教育はしてはならないということです。学校で教えれば、「してもいいんだ」という誘導と淪落の勧めになってしまいます。お墨付きを与えかねないわけで、学校で性器・性交教育をしてはならない。

そして今の学校の先生たちの問題点を申し上げておきますけれども、「性感染症はすぐ治る」と小中高校生に言います。これは本に書きましたけれども、「性感染症は2人で行けばすぐ治るんだよ。抗生物質もあるし直ぐ治るんだ」という教え方をするんですね。しかし、治りません。先ほど申し上げましたように、女性の体は性器クラミジアにしてもなんにしても、一度炎症を起こせばその痕は元に戻りません。確かに性感染症の菌は、抗生物質で殺せる場合が多いです。昨今、耐性菌が出来てきて殺せない場合もありますけれども、大概は大丈夫です。しかし一度起きてしまった炎症、この火傷のような炎症は一生抱えて墓場まで持っていかなければなりません。そういうことをはっきりおっしゃるドクターはほとんどいらっしゃいませんが、しかし実際そうじゃないですか。性感染症にかかった「つけ」はその本人たちが負わなければいけない。安易な性交の結果、性感染症の傷を負うのは誰でしょうか。次世代です。子供たちにそういう一生の傷を負わせてはいけない。というのが私の申し上げたいことです。

そして人工妊娠中絶。この問題点がございます。学校の先生達はどういうふうに教えるか。「妊娠しちゃったんです」と教員室に来ると、すぐ「中絶しなさい」と言うんですね。「15分で済むから」。そういう安易な問題じゃないんですね。たとえば、わたくしが元桑名市民病院副院長の中山尚夫先生にインタビューして教えていただいたものを、『性教育の暴走』第5章に載せました。妊娠すると、子宮は柔らかくなります。その子宮に緘子(カンシ)などを入れて赤ちゃんを引きずり出そうとして、柔らかくなった子宮の壁を突き破って腸まで引きずり出してしまう場合があります。手探りの手術で、一人ひとり女性の子宮は形が違いますから、そういう事故が起こります。そしたらその瞬間に部分麻酔ではなくて全身麻酔に切り替えて、開腹手術をして腸を元に戻して子宮を縫い直さなきゃいけない。これをやったら次の妊娠は厳しいです。安易ですね。表に出ないから皆様ご存じないだけで、中絶の手術はベテランの産婦人科医が真冬にオペをしても、全身汗でびっしょり濡れるほど神経を使う手探りの手術です。ですから安易な中絶は絶対に駄目だ、ということです。

そしてPTSD。中絶したお母さん達の心の傷です。本当にこんなことをして良かったんだろうか、と言うんですね。こうしたお母さん方のPTSDも勿論あります。しかし、そのほかに、産婦人科医がPTSDに罹っているんですね。たとえば、2年半に大学病院で1000件中絶手術をしたドクターがいました。勤務医である限り、中絶を希望する人が来ると断れません。2年半に1000件こなしたドクターがですね、定期的に地下鉄に飛び込みたくなる。その衝動を抑えるのが大変だって言うんですね。本日、わたくしはDVDを持って参りましたが、上智大学名誉教授・渡部昇一先生との対談のナンバー2に入っていますが、渡部先生はカトリックです。カトリックでは、中絶のことを号天罪と言うんですね。私も対談で初めて教えていただきましたけれども、天に向かって中絶される赤ちゃんが号泣する罪だということです。ですからカトリックでは中絶は禁止されておりますが、日本では選挙の争点にはなりません。アメリカでは大統領選の争点になります。この違いは非常に大きいとわたくしは思っております。これほど大きな罪を2年半に1000件。ドクターというのは命を救う立場にありながら2年半に1000件、それで定期的に電車に飛び込みたくなるというふうにおっしゃった方がいらっしゃるということでございます。

こうしたPTSDはまだありまして、ロマリンダ・クリニック院長の富永國比古先生が書いていますが、自分の所に最終月経を偽った女子高生が来たと。中絶手術を始めて分かったというんですね。つまり胎児が育ちすぎている。ばらばらになって出てくる四肢五体を見ながら「ああ、こんなことをしてしまった」と思って、「こんなことをしてしまった」って思って、そばにいる看護師さんと暗澹たる空気に包まれたというのです。富永先生自身はカトリックでいらっしゃるようなんですけれども、一応、手術を終えた後に富永先生は神の声を聞くんです。「もう2度とやらないね」。それ以降、富永先生は中絶手術をしておりません。

また、わたくしの知人で大学病院に勤務していたドクターが開業医になりました。そのとき、彼女は「開業医になった一つの理由はもうこれで中絶手術をしなくてもすむから。今後は女性の様々な不定愁訴あるいは感染症などはみるけれど、中絶手術は受け付けない」と言っていました。日本は中絶天国です。しかしそれが、PTSDというかドクターにもそういう傷を負わせているんです。わたくしは中絶というのは合法的な殺人だと思っておりまして、このようなことは、余程の深刻な事情がない限り認めてはいけないと思っているわけでございます。

では、学校で教えるべきことは何か、ですが、わたくしはとくに女子に対して、「あなた方は次世代を生む大事な身体なのだから、大事にしなきゃいけませんよ」という母体教育を是非していただきたいのです。地元で中山尚夫医師が子供たちに性教育の教育をしていたときに、高校生から手紙を貰ったというんですね。「先生の話を聞いて、バージンの私の身体はダイヤモンドだと思った。だから大事にしていきたいと思う」。そのお嬢さんはお母さんに、「今日、学校でとても良い話を聞いた。私は次世代を生むとても素晴らしい身体なんだから大事にしたい」と言ったところ、お母さんが何て答えたか。「いいのよ。愛があれば」…「全くこの母親は、何ということか」と思います。その女子高生は、「お母さんの言っていることは間違いだと思います。自分の身体はダイヤモンドみたいなんだから、大事にしていきたいと思いました」と中山先生に手紙をくれたそうです。そういう話もございます。ですから、子供は衝動的だから話をしたって分かんないよ、そんなことを言ったって聞くものかと、大人が勝手に判断して決め付ける必要は何にもないんです。こちらが心をこめて話せば、分かる子は分かるんです。ですから次世代に、「あなたの身体は一生涯大事なものなんだから大事にしなさい」と言うことですね。

そしてもう一つ。家庭でも言っていただきたいのは、「人生は繋がっている」という話でございます。今の振る舞いが次の段階に影響します。たとえば、思春期にどんな行動をしてもある程度の年齢がくれば幸せな結婚が出来る、幸せな家庭が築ける、などということはありません。受胎から幼少期、出産、そして幼少期、思春期、結婚、家庭、これは全部繋がっているんですね。ですからこの1段階1段階を大事に過ごしていくことが大事なのです。人生は繋がっているということです。縦の流れで見れば、わたくしたちも先祖から繋がっているし、自分の人生も揺りかごから墓場まで繋がっているということです。人生の各ステージが大事だという話を、若い人たちにしていただきたいと思います。

各ステージを大切にするという点で、昨今、「できちゃった婚」が一般的だというふうに聞いております。この「できちゃった婚」は受胎から出産の間に、また出産の前後に、出産してからという場合もあるわけですが、そこでやっと結婚するということですね。順序が逆です。しかし赤ちゃんはお母さんのお腹の中で育っているわけですね。そのことをイメージしてください。そうすると母体にとって、長さは事情によりますが、不安定な期間があるわけです。つまり「新しい命が宿った」と分かったときに、結婚していない状態です。男性に話しても、結婚できるかどうか分からない場合もあります。その間も、赤ちゃんはお腹の中で育っています。これは間違いなく、お腹の赤ちゃんにとって、いい影響はないということです。つまり結婚できるかどうか分からないという情緒不安定な状況は、赤ちゃんにきっとマイナス、ダメージを与えるであろう。皆、笑いながら「できちゃった婚」と簡単に言いますけれども、それは大人の勝手な事情であって、お腹の中にいる赤ちゃんにとっては幸せではない状況だろうと思います。ですから「できちゃった婚」ではなくて、結婚して安定した身心の状況で、命を宿し育むということが大事と思います。「できちゃった婚」を批判する人はなかなかいないんですけれども、私は「できちゃった婚も問題じゃないかと思っております。

赤ちゃんが育つ環境の大切さという意味では、乳幼児期にニューヨーク大学病院に預けられたナンシーちゃんという話がございます。ナンシーちゃんは当時3歳でした。両親はともにハーバート大学の大学院生で、論文を書くのに忙しくてナンシーちゃんに話しかける時間がなかったんですね。するとナンシーちゃんは3歳になっても、身体は1歳半にしか育っていなかった。両親もさすがにまずいと思って、ニューヨーク大学の病院に預けたのです。そうしたらドクターはナンシーちゃんを昼間、廊下に出してベッドに貼り紙をしたんです。「私はナンシーです。忙しい人は声だけかけてください。ちょっと時間がある人は立ち止まって私を抱き上げてナンシーと声をかけてください」と書いて。そうしたら、瞬く間にナンシーちゃんの体重が3歳まで回復したのです。つまり人が愛情を持って話しかけることが子供の養育に成長に何より大事だという話でございます。

それから、ある開業医のおうちの話です。開業医なので皆、忙しいんです。お母さんも受付しなきゃいけないし、お父さんは勿論ドクターですから診なければなりません。そこで赤ちゃんをテレビの前に置いておいたんですね。テレビから音が流れてくるから大丈夫だろうと。ところが1年経っても言葉を発しない。つまり子供にとっては愛情を持って話しかけることで始めて言葉が意味をもって受け止められるのです。つまりテレビの音声とは、言語が習得できていない段階では、単に雑音と同じなんですね。愛情をもって話しかけて、初めて音声に意味が加わるという話でございます。

この2006年に日・米・中国際学術会議というのがありまして、そのときに産経新聞に報道されておりましたけれど、私なるほどなあと思ったのは、小さい頃にきちっと話しかけられたり愛情を注がれたりしないと、表情が冷酷・冷淡になる。そして人と上手く付き合えない。人との距離感が上手く取れない。幼少期にある子供にとって何が大事かというと、お金でも知識でもないんですね。それは愛情のこもったスキンシップ。何より大事なのは、小さい子供にとって、お金のある家に生まれるか、両親の学歴が高いか。勿論それはもう少し後の発達段階ではプラスになるかもしれません。でも、乳幼児にとっての幸せというのは何かというと、愛に裏打ちされたスキンシップです。お母さんの胸に抱かれるその絆が子供を育てるということでございまして、これが子供にとって何よりの幸せだということでございます。

わたくしは、子供がきちんと育つというのは、何よりもその内面が大事だと思っております。子供にぜひ次世代に備えて欲しい3要素です。これは高い志、道義とか恥とかそういう内面の高さですね。そして惻隠の情とか機微、情操・情緒、人の痛みが分かる惻隠の情この美意識ですね。美しいものに感動し感応する心です。そして目に見えないものを大事にする敬虔さ。こういうものを備えた子に、次世代にしていきたいと思うわけでございます。

小泉元首相が厚生労働大臣のときに厚生白書で3歳児神話として幼少時の大切さを否定しました。しかし、先ほど10歳までが大事だということを申しましたけれども、何よりもまず大事なのは幼少時の子育てです。「三つ子の魂百まで」でして、小さい頃の親の愛情がなにより子供を育むということでございます。厚生労働省は、今、コンドーム教育に熱心でございますけれども、コンドーム教育ではなくて母乳教育です。母乳は初めて出る初乳から1年後の母乳まで成分も濃さも全部違います。これはお母さんから赤ちゃんへの最初で最高のプレゼントでございますので、ぜひこの母乳保育母乳教育を徹底して欲しいと思うわけでございます。

そしてその際の赤ちゃんの焦点距離について申し上げます。赤ちゃんとの焦点距離がありまして、赤ちゃんの焦点距離は30cmから40cmですね。そうすると丁度抱っこして語りかける、目と目で、眼差しであなたを愛しているのよ、と伝えるのに丁度いい距離なんですね。ところが昨今のお母さんたちは携帯電話をしながら母乳を与えます。赤ちゃんは瞬きもせずにお母さんを見ているのに、お母さんは携帯電話を見ています。するとアイコンタクトが出来ないんですね。記憶とか判断とか司る前頭前野はアイコンタクトによって育つといわれております。この赤ちゃんの40cmという焦点距離も正しく神業だと思うんですけれども、この焦点距離の中でこの環境で赤ちゃんに一番いいプレゼントを与えるというその中で、お母さんにしっかり抱かれて愛されたという親子の絆が深まるわけでございますので、ぜひ母乳保育で親子のコミュニケーションをと思います。

よく最近はイジメで死ぬ子供がおりますけれども、一家団欒という中で、偉人伝などをお母さんやお父さんが語ることによって様々なコミュニケーションが出来ます。そしてその一日一回子供としっかり目と目を見合わせることによってこの子が何か変化がないか、何かおかしくないかというのもそこから察知できるわけでございます。子供が自殺するご家庭がありますけれども、親御さんたちはどうしていたんだろうと不思議に思います。お母さんが働きたい、あるいは働く必要があるご家庭もあるでしょう。でも一日一回、ちゃんと向き合って抱きしめてあげてください、実際、抱きしめなくてもしっかりコミュニケーションをお願いしたいところでございます。

一日一回、母の胸。お母さんの胸というのは大事なのです。ぜひ一日一回母の胸。それが子供にとっての安心感、安定につながります。親に愛されている、という思いが子供の淪落を防止するということにもなります。

ところがこの間、「SEXUALITY」という性教育推進の雑誌を久しぶりにめくってみたら、こういうふうな特集があったんですね。「一日一回母の胸」と、皆様に申し上げようと思って準備していたら、「お母さんのおっぱいはプライベートゾーン」だから触っちゃ駄目って言うんですね。小さい子供に「お母さんの胸はプライベートゾーンだから、触らないで」って。可哀想に…子供にこんなことが言えるのかと思いますが、プライベートゾーンだと子供に言ったらいい、と書いてありました。これには従わずに、一日一回しっかりお母さんの胸に抱きしめてあげるということは大事なことでございます。

そして先ほど申し上げました親子のコミュニケーション。特に朝の出発は大事でございますので、朝ごはん。朝、きちっとごはんを食べさせてあげる。一日の出発でございます。そして「いってらっしゃい」。「お母さんの行ってらっしゃいが校門までついてくる」という作文を書いた子がいます。きらめく感性ですね。それぐらいお母さんの「いってらっしゃい」という言葉が子供の一日を決定するということでございますので、気持ちよく子供を送り出していただければと思います。

そして性感染症と絡めて申し上げれば、「子供を心身ともに餓えさせるな」ということでございます。これが性に走った子供の特徴、共通点でございます。本の中に書きましたけれども、性に走って18歳で子宮全摘になった子がいるんですね。18歳ですよ、皆さん。人生これから。一番綺麗な時代、芳紀18歳に子宮全摘…。14、5歳くらいですか、いろんな男性と関係して18歳で子宮癌が進行した状態で見つかって、子宮全摘でございます。余命まで考えなければなりません。こういう状況にしてはならないということでございまして、わたくしはそういう話を聞きながら本当に胸が塞がれるような思いでございました。

前出の中山医師に性に走る子供たちの共通点はなんでしょうか、と尋ねました。すると共通点は、心身ともに飢えている子供たちだと。こういう子供たちは食事も十分に支度してもらえずに、たとえばコンビニで買ってくるような、買い食いに近い状態だといいます。そして本当に寂しいんですね。OECDの調査で、世界の15歳を対象に「あなたは寂しさ、孤独を感じますか」と聞いた結果ですけれども、この調査でダントツの1位は日本です。日本では、15歳の3割が孤独を感じると答えています。先ほど申し上げました高校の15歳の高校生の淪落の割合は3割でございます。ぴったり一致します。ですから、飢えさせてはいけない、孤独を感じさせてはいけないという話でございまして、子供たちの心に飢えがあってはいけないんですね。自分には帰れば温かい家庭がある…これが何よりも子供たちを守るということでございます。

お配りした冊子にもマザーテレサの言葉を最後に引用いたしましたけれども、マザーテレサは「愛の反対は、ネグレクトだ」と言っています。わたくしたちは、愛の反対は憎しみだ、と考えますが、しかし愛の反対はネグレクト、無視、無関心なのです。大人の無関心が子供たちにとってはとても危険なのです。

次世代には溢れんばかりの愛を注いで、次世代に素晴らしい人生を担保してあげる大人になっていただきたい。皆様のご家庭が、性の暴走に対する砦となって、次世代に明るい未来をプレゼントしていただきたいと思います。

本日は、ご清聴、ありがとうございました。

 



会長青井美智子
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